島田陽子 ヘアヌード

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島田陽子さんの現在の活動は?

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島田陽子さんといえば、清純派女優として活躍され、

その後順風満帆な芸能生活を経て元祖国際派女優とも言えるキャリアを積まれましたが、

内田裕也さんとの不倫騒動、アダルトビデオへの出演など波乱の人生を送ってこられました。

島田陽子の現在は?

清純派女優としての地位を獲得し、その後順調に国際派女優へと進化を遂げた島田陽子さんですが、

今現在は何をしておられるのでしょうか。

島田陽子さんの現在の活動を、これまでの人生を振り返るとともに、ご紹介したいと思います。

表舞台からほぼ姿を消してしまった島田陽子さんの人生は、

一体どのようなものであったのかを、順を追ってみていきたいと思います。

 

女優・島田陽子の誕生

島田陽子さんは、1953年5月27日に熊本県で生まれましたが、小学2年生の頃に東京に引っ越します。

中学時代には、劇団若草に在籍しつつ、バレリーナになることを夢見て牧阿佐美バレエ教室に通っていました。

171cmという長身と、すらりとした細身の体型は、このバレエの経験によって培われたものでしょう。

ちなみに、このように背が高いので、キスシーンなどでは島田さんは背を低く見せるために

地面に穴を掘って立たされていたようで、彼女はそれをあまり好ましく思っていなかったようです。

今でも女性で170cmを超える人は稀ですから、当時171cmあった島田陽子さんは、かなり背が高く大きく見えたのでしょう。

しかし、スレンダーで細身ですので、がっしりとしては見えない点が女性らしさを残しています。

 

島田陽子初めてのドラマ出演

島田陽子さんは1970年には、初のテレビドラマ出演を果たします。『おさな妻』がその初出演の作品です。

メインキャストを演じたのは、1971年に放映された三浦綾子原作の『続・氷点』です。

島田陽子 続・氷点

この作品でメインの辻口陽子役を演じて頭角を現し始めました。

このオーディションは何と12740人が受け、見事選ばれたのが島田陽子さんでした。

また同時記事は『仮面ライダー』にレギュラー出演をしており、子供の間でも綺麗な女優さんという
島田陽子 仮面ライダー

認識を持たれており、絶好調の状態でキャリアアップをされました。

 

清純派女優から国際派女優へ 歌手・映画デビュー

清純派女優としての道を進み始めた彼女は、

1972年にはテレビドラマ『わが恋の墓標』や『愛子よ眠れ』などにも出演し、

着実にステップアップしていきます。

島田陽子 愛のナレーション

同年の『愛のナレーション』では歌手としてもデビューをし、映画では『初めての愛』で映画デビューをするなど、1972年は彼女にとって転機でもあったと言えます。

島田陽子 映画 初めての愛
島田陽子 映画 初めての愛

それ以降、山崎豊子原作のテレビドラマ『華麗なる一族』(1974年)で万俵二子を演じ、

島田陽子 華麗なる一族

『白い巨塔』(1978年)では、外科医の父を持つ娘・東佐枝子を演じました。

島田陽子 白い巨塔

東佐枝子の父は、国立浪速大学の医学部の教授です。

その父の教え子である財前五郎が、医療ミスを犯し、遺族から訴えられるのですが、

医学部教授の娘でありつつも、遺族側の弁護士とともに働くという複雑な役を演じました。

この東佐枝子役に見られるような良家の子女役や、

1974年に放映された『われら青春!』で演じたヒロインの女性教師役など、

島田陽子 われら青春

まさに正義感に溢れる役を多く演じ、清純派女優への道を順調に進んでいきます。

この時期はスターへの階段を着実に登っていた頃だと言えるでしょう。

その頃の映画では、『喜劇・日本列島震度』『流れの譜』2部作を経て、

松本清張原作で村芳太郎監督の名作『砂の器』(1974年)で野心を抱く作曲家の愛人を演じて注目され、

島田陽子 砂の器
島田陽子 砂の器

1975年には同じく松本清張原作の『球形の荒野』でヒロインを演じ、

島田陽子 球形の荒野

また『夜霧の訪問者』ではヒロインと悪女の二役を演じ分けていました。

島田陽子 夜霧の訪問者

1976年に入ると、人気シリーズの『トラック野郎・望郷一番星』でヒロインを演じ、

島田陽子 トラック野郎・望郷一番星

市川崑監督の名作『犬神家の一族』でもヒロインを演じます。
島田陽子 犬神家の一族

この時期は単なる清純派女優ではなく、演技派としての地位も確立しつありました。

清純派のイメージから一転して、悪女などの役も演じることで、役の幅が広がったとも言えます。

 

ゴールデングローブ賞主演女優賞

1980年には、ジェームズ・クラベルの小説”Shogun”が原作のアメリカのテレビドラマ『将軍 SHOGUN』にて

ヒロインのまり子役を演じます。

島田陽子 将軍

島田陽子 将軍

この作品は1980年の9月15日から19日までの5日間連続放送で長時間放映されたテレビ番組です。

ここでは、外国人男性に忠誠を尽くす清純な日本人女性として人気を博しました。

この作品は映画編集され、日本でも上映され、アカデミー賞の前哨戦である

ゴールデングローブ賞で主演女優賞を獲得し、一躍国際派女優へと躍り出ます。

国際派女優としてキャリアを進め、1981年には日本出身でアメリカのマラソン選手である

ゴーマン美智子の自伝である『走れ!ミキ』を映画化した『リトル・チャンピオン』でミキことミチコ・スワを演じ、

島田陽子 リトルチャンピオン

ひたむきな女性を演じました。

清純派女優から国際派女優へと進化を遂げた島田陽子さんでしたが、

私生活ではスキャンダルが続き、ついに表舞台から消えてしまうことになろうとは、この時誰も思わなかったでしょう。

 

島田陽子 不倫騒動からスキャンダルまで

スキャンダルの始まりは、伊藤俊也監督の『花園の迷宮』(1988年)で共演した内田裕也と不倫関係になったことです。

島田陽子 花園の迷宮

島田陽子 内田裕也

不倫が発覚すると、マスコミ各社は彼女を追うようになりました。

ハワイのコンドミニアムで不倫密会をしている様子を写真週刊誌『フライデー』に掲載されてしまったのが原因です。

内田裕也さんの方も、島田陽子さんと結婚するために、妻である樹木希林に離婚を申し入れるも、拒否されてしまいました。

樹木希林は内田裕也に対して離婚無効の訴訟を起こして勝訴しましたので、結局二人は離婚することに至りませんでした。

そのため、島田陽子さんは内田裕也さんと結婚することもなく、スキャンダラスな女優というイメージを持たれるようになったのです。

マスコミ各社が彼女のスキャンダルを追うようになればなるほど、かつての清純派女優や国際派女優のイメージからどんどん遠ざかるようになり、表舞台での華やかな日々は遠い過去のようになってしまいました。

また、この時期には約2億5000万円で購入した横浜にある豪邸のローンや、それにかかる税金などを払うことができなくなってしまいます。

そして自家用車の修理代、引越し費用の未払いなどの金銭的トラブルが目立つようになり、マスコミもこぞってスキャンダルを書き続けました。

SM作家である団鬼六から100万円を借りるも、返済が滞ってしまい、団から債権を引き継いだ不動産会社の社長から刑事告発されるに至ります。

もうこの頃には、過去の清純派イメージとはかけ離れており、ついにはAVデビューまで至るのです。

しかし、どこかふっ切れた様子のある島田陽子さんのAVデビューは、彼女が本当にやりたかったこととは何であったのか?という疑問に答えてくれるものであったとも言えます。

 

AVデビューと島田陽子の現在・そして過去の影

1992年には、島田陽子さんも39歳になっていましたが、別冊宝島2551『日本の女優 100人』においてヘアヌード写真を掲載します。

島田陽子 ヘアヌード
島田陽子 ヘアヌード

不倫騒動などもありましたが、これはまさしく、それまでの清純派女優のイメージを大きく覆すものでありました。

また、私生活においても1994年にはテレビのテレビの照明技術者である米山仁と、2年間の同棲を経て結婚しました。

しかし、米山には妻子がいましたので、これは俗に略奪婚と言われるものです。

2011年にはMUTEKIからAVデビューを果たし、往年のファンに衝撃を与えました。

島田陽子 AV ヌード
島田陽子 AV ヌード島田陽子 AV ヌード

それまで様々なスキャンダルに身を投じていたとはいえ、やはりAVデビューは、清純派女優時代のファンにとっては大きなショックであったと思います。

いまおかしんじ監督の『島田陽子に逢いたい』は、不思議な世界でもあります。

島田陽子に逢いたい

この作品で、島田陽子さんは彼女自身を演じているのです。

不本意な相手とのラブシーンを嫌がって、現場を逃げ出した「女優の島田陽子」は、

偶然出会った末期がん患者の五郎という男性と関係を持ちます。

島田陽子は、病院での撮影において濃厚なラブシーンを要求されますが、それは彼女にとって大変苦痛であり、不本意なものでした。

その時まさに、退院しようとしていた五郎に出会い、彼の家に居候することになるのです。

この映像は「大女優・島田陽子と余命幾許もない男性」の物語で、現実と虚構を行ったり来たりします。

島田陽子本人が、島田陽子を演じるというある種のパラレルワールドを展開し、現実の中で非現実を演じるのです。

画面の向こうの島田陽子は、島田陽子であって、そうではない。

しかし、確実に、島田陽子という大女優は実在しており、彼女は不本意なラブシーンを嫌がる「かつての清純な少女」の心を持っている妙齢の女性なのです。

50代後半という彼女ですが、ほっそりとしたスレンダーな体型は若い頃のまま変わらず、それもファンを魅了した一つの理由でしょう。

島田陽子 ヘアヌード

島田陽子 ヘアヌード

島田陽子 ヘアヌード

意外にも、この映画はかつての清純派女優だった時代のファンの心を掴んでいるようで、途方もなく重いテーマをさらりと演じきる彼女の演技力にも注目されています。

もうこの頃には、島田陽子さんもかつての清純派のイメージを敢えて覆すような体裁をとり、それらは過去の影として扱われているようにも見えます。

しかし、若い頃の清純派女優としての人気や、国際派女優としての名声があったからこそ、過去を影とし、今を光として敢えてエロスな世界に身を投じ、一定のファン層から支持を得たとも言えるのです。

 

現在の島田陽子さんの姿は?

島田陽子さんの現在を調べてみると、彼女はなんと銀河ステージというところで宇宙葬の生前予約をしてらっしゃるようです。

これはスペースメモリアルといい、故人の遺灰などを収めたカプセルを、ロケットに積載して宇宙空間に打ち上げるものだそうです。

国際航空連盟では、地上より100kmを宇宙空間と大気圏の境界線(カーマン・ライン)として定義しており、このラインを超えた時点で宇宙葬になるようです。

島田陽子さんは、「生きているうちには宇宙に行くことはできないから、亡くなってから行けるのはロマンティック」「亡くなってからも楽しみがあるのは、素敵なこと」とコメントしておられます。

生前から宇宙葬の予約を入れるなど。

なかなか一般的には思いつかないことと思いますが、波乱万丈の人生を送ってこられた彼女だからこその、ユニークな発想なのかもしれません。

また、島田陽子さんは今現在何をしておられるのか調べてみましたが、活動そのものを休止されているようです。

島田陽子さんのオフィシャルブログは、アメーバブログにて運営されていましたが、直近の更新は2013年の8月7日で止まっています。

オフィシャルサイトやFacebookのファンページへのリンクもありますが、どれもリンク切れになっていて、削除された可能性も高いです。

Facebookのファンページは、どうやら新しく作成された模様ですが、「いいね」を押している人は113人しかおらず、著名人のページとしてはかなり物悲しいものになっています。

本人の投稿も今現在は見当たらず、ほぼ稼働していないと言えるでしょう。

おそらく、インターネットでの活動そのものも、縮小されているようです。

しかし、ファンページではなく個人のページとしてもFacebookをお持ちのようです。

フォロワー数は約1500人で「いいね」を押しているのも同じく1500人ほどです。

大女優としては、少し少ない気もしますが、活動そのものを縮小されているという点では、致し方ない数字なのかもしれません。

今現在は、映画にも出演しておられるようですが、あまり大衆的なものではないので、活動自体が知られることが少なくなってきているように見受けられます。

高橋伴明監督の『堀の中の神様』や、雑賀俊朗監督の『カノン』などに出演しておられます。

島田陽子 カノン
島田陽子 カノン

また、2016年には、「2016東京・中国映画週間」の授賞式にも出席され、中国大使館で行われたレセプションにも参加されたようです。

彼女はここで、中国の女優ジャン・ジンジンに15年ぶりに再会し、賞を渡すプレゼンターを務めた様子です。
島田陽子 2016東京・中国映画週間
島田陽子 2016東京・中国映画週間

日中合作の映画にも出演しておられた島田陽子さんは、やはり国際派女優としてのキャリアをどこか捨てきれずにいるのではんないでしょうか。

まとめ

過去に華やかな成功を収めた方が、すべて幸せな人生を歩んでいるかといえば、そうでもないでしょう。

島田陽子さんは、清純派女優から国際派女優へとステップアップし、このままスターへの階段を一気に登りつめるのかと思いきや、一転してスキャンダル女優になりましたが、これも彼女の人生の一部なのです。

今現在はひっそりと活動されていますが、そこに悲壮感はあまりありません。

自分の人生とキャリアに、誇りを持っておられるのでしょう。

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